【中学歴史・第51回】イギリスとアメリカの革命

イギリス領マサチューセッツ湾直轄植民地のボストンでイギリス本国からの課税措置に対し、抗議(代表なくして課税なし)の意味で積み荷の茶箱を海に投棄するアメリカの植民地人たち 中学歴史

【中学歴史・第35回】の大航海時代では、ヨーロッパの主役がスペインからオランダに変わっていく様子を確認しましたね。

今回は17世紀の続きから。

オランダの背中を猛烈な勢いで追い越そうとする国々が現れ、世界は「王様の時代」から「市民の時代」へと大きく動き出します。

弱肉強食のヨーロッパと、新しい「考え方」

17世紀、中継貿易で勢いに乗るオランダに対して、エリザベス女王1のもとで国力をつけたイギリス英蘭戦争えいらんせんそう(1652年~)を仕掛けて海での主導権を奪いにかかります。

さらに、大陸側では「太陽王」ルイ14世2率いるフランスが絶大な権力を握っていました。

17世紀は「オランダの時代」でしたが、18世紀は「英仏2強時代」へと変わっていくんですね。

この頃、ヨーロッパの国々は、かつて百年戦争で戦ったイギリスとフランスのように、領土や貿易をめぐって常にバチバチの状態。

スペイン継承戦争3など、各地で大きな戦争が繰り返されました。

また、東からは巨大なオスマン帝国が迫っており、ヨーロッパ諸国は気が抜けない日々が続きます。

そんな戦いばかりの世の中で、「そもそも、王様が勝手にルールを決めていいの?」と疑問を持つ人たちが現れました。

  • ロック:国民には抵抗する権利がある!
  • モンテスキュー:権力は一つにまとめず、3つに分けるべきだ(三権分立)!
  • ルソー:政治の主役は王ではなく、人民だ!

※ロック、モンテスキュー、ルソーについては、【中学公民・第4回】民主主義のあゆみで詳しく解説しています。

こうした新しい考え方が、のちに世界をひっくり返す大きなエネルギーになっていきます。

イギリスで起きた「2つの革命」

さて、フランスとのライバル争いの先頭を走るイギリスですが、国内では王様と議会が激しく対立していました。

実はイギリスには、13世紀に認めさせたマグナ・カルタ(大憲章)という、「王様でもルールは守らなきゃダメ」という伝統があったからです。

まず1642年、自由を求める清教徒せいきょうと(ピューリタン)たちが、独裁的な王(チャールズ1世)を倒すピューリタン革命を起こします。

リーダーのクロムウェル共和制きょうわせいを始めますが、彼自身も厳しい独裁を行ったため、国民は「やっぱり王様が必要だ」と元に戻してしまいます。

しかし、その後の王(ジェームズ2世)もまた暴走。

ついに1688年、議会は大きな流血なしに王を交代させる名誉革命めいよかくめいを成し遂げました。

この時、王は「議会の同意なしに課税や法律停止はしない」と約束する権利章典けんりしょうてんを認めました(1689年)。

こうして、王は君臨するけれど政治は議会が行う立憲君主制りっけんくんしゅせい議会政治が確立したのです。

絶対王政、立憲君主制、共和政の違いは?
絶対王政…神から授けられた王権のもと、国王が絶対的な権力を持ちます。16~18世紀の西ヨーロッパ諸国でよくみられます。
立憲君主制…国王は存在しますが、ルール(憲法)に基づいて政治を行います。現在のイギリスやスペインなど。
共和政…国王はいません。ここが立憲君主制との大きな違いです。国民が選んだリーダーを元首とします。現在のアメリカやフランスなど。

「自由」を求めて立ち上がったアメリカ

1620年、イギリスで迫害されていた清教徒(ピューリタン)は、メイフラワー号にのって海をわたり、アメリカ大陸に移住しました。

その後、アメリカ大陸の東海岸では13の植民地がつくられ、住民によって自治が行われていました。

しかし、イギリスはフランスとの長い戦争でお金がなくなると、アメリカにある植民地の人々に、相談もなく重い税金をかけ始めました。

これに怒った植民地の人々は、1773年のボストン茶会事件ちゃかいじけん(イギリスの紅茶を海に投げ捨てる事件!)などで激しく抵抗。

「代表なくして課税なし」(自分たちの代表がいない議会が勝手に税を決めるな!)という言葉を合言葉に団結し、独立のための戦いをはじめます。

1776年には、トマス・ジェファーソンらが起草した、人類の自由と平等をうたう独立宣言を発表。

ジョージ・ワシントンを総司令官とした植民地軍は当初苦戦していましたが、イギリスと敵対するフランスとスペインの力をかり、戦いを有利に進めます。

そして、1783年にはパリ条約でアメリカの独立が承認されました。

ミシシッピ川より東の地域をアメリカが獲得しました。

1787年にはフィラデルフィアの憲法制定会議で合衆国憲法がつくられ、初代大統領にジョージ・ワシントンが選ばれます。

この合衆国憲法は、人民主権とする共和政や、立法・司法・行政の三権分立などが盛り込まれており、世界で初めての近代憲法といわれています。

知っておきたい歴史の影
自由を求めて独立したアメリカですが、この時まだ多くの黒人が奴隷制どれいせいの下で苦しんでいました。誰もが平等と言いながら、実際には差別が残る……この矛盾は、のちのアメリカの歴史を大きく揺るがすことになります。

【一問一答】チェックテスト(問題・解答)

イギリスとアメリカで起きた「市民による革命」は、このあと海を越えて、あのルイ14世のいたフランスへと飛び火していきます。

世界が「民主主義」へと一気に加速する瞬間です。

今回はここまで。

アリーヴェデルチ!

  1. 16世紀半ばから17世紀初めにかけて、イギリス(イングランド)の女王として君臨し、絶対王政を完成。スペインの無敵艦隊をアルマダの海戦で破りました。 ↩︎
  2. ルイ14世はフランスで絶対王政を確立し、パリの郊外に豪華なベルサイユ宮殿をつくった国王です。 ↩︎
  3. スペインの王位継承をめぐって、ヨーロッパの各国が参加し、1701~1714年にかけて戦いました。 ↩︎

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