前回は四大文明を学びました。
4つ目の文明は中国文明で、春秋・戦国時代までやりましたね。
今回は古代中国の続きです。
春秋と戦国の違い
前回、周が弱体化した後に春秋・戦国時代がやってきたと言いました。
春秋・戦国時代は教科書ではひとまとめになっていますが、春秋時代と戦国時代は少し違います。
春秋時代は周の力がまだ残っていました。
ところがそのうち各国の王が「我こそは!」と勢いにのり、周の存在が忘れ去られたのが戦国時代です。
ただ中学歴史では「春秋・戦国時代」とひとまとめでOKです。
春秋・戦国時代に押さえておくべきポイントは3つ。
ひとつめは鉄製の武器や農具が広まったこと。
ふたつめは孔子や老子などの思想家が活躍したこと。
孔子は儒学(儒教)を説き、これはのちの日本にもすごく影響を与えました。
最後は戦国時代は『キングダム』(原作:原泰久)の時代であること。
この『キングダム』に出てくる嬴政が率いる秦が勝ち残り、中国を統一します。
秦の中国統一
中国を統一した嬴政は自らを「始皇帝」と名乗りました。
そしていろんなものを統一しました。
長さ、容積、重さの基準、文字、貨幣の3つを覚えておきましょう。
また、北方の遊牧民族の侵入を防ぐために万里の長城も築いたことも、始皇帝が行った重要な仕事のひとつです。
始皇帝の政治がけっこう厳しかったことや、始皇帝が死んだ後に引き継いだ人たちが内輪もめをしてしまったことで、各地で反乱がおきます。
秦が成立したのが紀元前221年。
滅んだのが紀元前206年。
たった統一した年月はたった15年でした。
漢の成立
秦を滅ぼしたのは、劉邦という人物。
劉邦は名門の出身ではありませんでしたが、なぜか周囲の人に好かれるタイプで、地域の顔役的な存在から、どんどん出世していきます。
秦を滅ぼした後は、楚の項羽という武将と争って負けそうになりますが、最後には勝って、漢という国をつくりました。
漢の時代は長く続きます。
特に第7代皇帝の武帝の時代には、東は朝鮮半島の楽浪郡から、西は中央アジアにいたるまでの広大な地域を支配下におさめます。
その結果、当時ヨーロッパで力を持っていたローマ帝国とつながる道ができました。
それがシルクロード(またの名を絹の道)といいます。
次回は、そのローマ帝国の話です。
チェックテスト
孔子の弟子が、孔子の言葉をまとめた書物に『論語』というものがあります。
この中で次のような言葉があります。
子曰く 先ず行う その言や しかるのちにこれに従う
現代語訳すると「先生はおっしゃいました。まず行動せよ。言葉はあとからついてくるのだから」という感じです。
というわけで、今回のチェックテストはこちら。
本日はここまで。
アリーヴェデルチ!



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