【中学歴史・第8回】旧石器時代のくらし

中学歴史

前回までは古代の四大文明や、ギリシャ、ローマの文明に触れてきましたが、今回からいよいよ日本の歴史です。

教科書などでは旧石器時代と縄文時代を、見開きのページでまとめて紹介しているものも見られますが、一緒に勉強すると混同してしまいがちですので、フニオの社会科では1回ずつ、別々に紹介していきます。

旧石器時代=氷河時代だった

第2回の「人類の出現と進化」で、氷河時代が約250万年前に始まった話をしました。

その氷河時代も「そろそろ終わりかな」という頃から、日本の歴史が始まります。

その頃の日本はすごく寒かったわけなのですが、そのおかげで海水面が今より100m以上も低く、ユーラシア大陸と陸続きか、それに近い状態だったんです。

陸続きということで、北のロシアの方からはマンモスヘラジカエゾシカが、朝鮮半島の方からはナウマンゾウオオツノジカがやってきました。

その大型の動物を食料にしようと、追っかけてきた人たちが日本人の祖先になったと言われています。

※他にも台湾などの南の方から海を渡ってきたルートもあり、そのルートは複数ある。

ここでは、旧石器時代は大型の動物がターゲットであることや、またマンモスやナウマンゾウがどっち方面からやってきたのかまで、確認しておきましょう。

旧石器時代=打製石器を使っていた

旧石器時代とは何かというと、「打製石器だせいせっきを使っていた時代」ということです。

打製石器とは、黒曜石こくようせきサヌカイトという、ちょっと特殊な石を打ちつけてつくったものです。

この石器を槍のさきにつけたものを尖頭器せんとうきといいます。

この打製石器(つけた槍など)を武器に、マンモスやナウマンゾウに立ち向かっていったわけです。

もちろん一人では怖すぎますから、10人前後の小さなグループをつくって、一緒に生活していたんだと思われます。

食事は大型動物がメインだったようですが、植物も採取していたようです。

でも旧石器時代は寒くて、食べられる植物が少なったでしょう…。

旧石器時代は打製石器を使った狩猟と、採取の時代だったことを覚えておきましょう。

旧石器時代の家

旧石器時代の家事情について。

決まった場所に住むのではなく、基本的には移動生活です。

食べ物を求めてあちこちに移動していました。

なので、家はテントのような小屋か、洞穴どうけつ(ほらあなのこと)など、極めて簡単なものでした。

旧石器時代の遺跡

古代の歴史は文字で記録が残っていないため、遺跡の存在が極めて重要です。

旧石器時代の遺跡はいくつかあるのですが、特に大事な2つの遺跡を紹介します。

まず、岩宿遺跡いわじゅくいせきです。

岩宿遺跡は現在の群馬県みどり市にあります。

太平洋戦争が終わる頃まで「旧石器時代に日本には人が住んでいなかった」というのが常識だったんですが、相沢忠洋あいざわただひろがこの地で尖頭器などを発見したことから、日本にも旧石器時代にいたことがわかってきたんです。

もうひとつは野尻湖遺跡(群)のじりこいせきぐんです。

野尻湖遺跡は長野県北部の野尻湖にあります。

この遺跡で有名なのが、「月と星」と言われる化石です。

三日月の形をしたナウマンゾウの歯と、星の形をしたオオツノジカの角が、隣り合って発掘されたことから、こう呼ばれています。

チェックテスト

旧石器時代のポイントはわかったかな?

「打製石器を使って、大型の動物を狩っていたこと」や遺跡の名前をしっかり覚えておきましょう。

今日はここまで。

アリーヴェデルチ!

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