今回は江戸時代の産業の発展についてです。
戦乱が終わり、平和な世の中になったことで、人々の生活を支える農業や諸産業がどのようにパワーアップしたのか、その変化に注目しましょう。
農業の発展:耕地の拡大と技術革命
戦国の世が終わり、領主は新たな土地を獲得できなくなったため、自国の田んぼを広げることで生産力をアップさせようとしました。
新田開発と広がる耕地
江戸時代、幕府や藩は耕地を広げて年貢(税金)を増やすために、積極的に新田開発に取り組みます。
沼や湖の大規模なかんがい工事や、有明海や児島湾(岡山県)の干拓工事などを行って、全国の耕地面積は秀吉の時代と比べて約2倍にまで広がりました。
農業技術の進化と「商品作物」
道具や肥料も劇的に進化しました。
土を深く耕せる備中ぐわ1や、脱穀を効率化する千歯こき2、ゴミを吹き飛ばす唐箕などの便利な農具が登場し、作業効率が上がりました。
また、自分たちで食べるためだけでなく、売って現金にするための商品作物の栽培も盛んになります。
特に綿3や、灯油の原料となる菜種は全国で広く育てられるようになりました。
漁業・林業・鉱業の広がり
農業以外の産業の発展にも注目してみましょう。
全国に広がる漁業ネットワーク
漁業では、大規模な網漁が普及しました。千葉県の九十九里浜ではいわしが大量に獲られ、田畑の肥料となる干鰯4として全国へ送られました。
また、紀伊や土佐では捕鯨やかつお漁が盛んになり、蝦夷地(北海道)ではにしんやこんぶが、清への輸出用である俵物として重宝されました。
瀬戸内海の赤穂(兵庫県)などでは、塩田による製塩も発達しています。
都市を支えた林業
江戸や大坂などの都市の発展にともない、建物の材料となる木材の需要が急増しました。
木曽(長野県)のひのきや、秋田のすぎなど、各地の良質な木材が切り出されました。
幕府を支えた鉱業と貨幣
鉱業も世界トップクラスの生産量を誇りました。
佐渡(新潟県)の金山、石見(島根県)の銀山、そして別子(愛媛県)や足尾(栃木県)の銅山などが開発されます。
これらは丁銀や豆板銀といった銀貨や、庶民が使う寛永通宝5などの貨幣の材料となりました。
丁銀や豆板銀は高額貨幣なので、主に商取引などで使われました。
金は現代と同じ「枚数」で金額の計算できましたが、銀は「目方(重さ)」で計算する方式で、江戸を中心とする東日本では主に金が、大坂を中心とする西日本では主に銀が使用されていました。
こうしてそれまで使われていた明銭などの中国貨幣に頼らず、日本独自の貨幣流通の仕組みができあがっていきました。
諸産業と各地の特産品
農業や輸送が発達すると、各地の風土を活かした特産品が作られるようになりました。
食べ物では、灘や伊丹(兵庫県)、池田(大阪府)、伏見(京都府)の酒、湯浅(和歌山)、野田や銚子(千葉県)のしょうゆが有名です。
酒もしょうゆも江戸時代の初期は関西のたまり醤油が高級品として、人気を集めていました。
しかし、しょうゆに関しては、関西のものが高級であるがゆえ、増え続ける江戸市民の需要に追い付けず、関東の濃口醤油が開発され、野田や銚子が産地として発展していったという経緯があります。
また、南部鉄器(岩手県)のように、現代まで続く伝統産業の基礎が築かれたのもこの時代です。
京都の西陣織などの高級織物のほか、各地で漆器や陶磁器、製紙なども盛んに行われました。
- 漆器:輪島塗(石川県)、南部塗(岩手県)、会津塗(福島県)
- 陶磁器:有田焼(佐賀県)、清水焼(京都)、瀬戸焼(愛知県)
- 製紙:奉書紙(福井県)、杉原紙(兵庫県)、美濃和紙(岐阜県)
こうして日本全国がモノの売り買いでつながる豊かな社会へと変わっていったんですね。
農業や諸産業はどのように発展した?
新田開発や農具の改良で農業生産力が上がると、食糧事情が良くなり人口が急増しました。これによって農村に労働力のゆとりが生まれ、お米以外の生産に力が注がれるようになります。農民は商品作物を育てて現金を得るようになり、貨幣経済が浸透。さらに各地の風土を活かした特産品も誕生しました。江戸の産業発展は、まさに農業の余力が生んだ「連鎖反応」によるものだったのです。
【一問一答】「江戸時代の農業と産業」のチェックテスト(問題・解答)
ここで出てきた農具や地方の特産物などは、急にパッとできたわけではありません。
それが生まれるまでの背景やドラマがあります。
歴史用語としてひたすら丸暗記するよりも、その背景やドラマを知ることで、知識として定着しやすくなりますよ!
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!



コメント