今回は四大文明より少し後の時代の話です。
メソポタミア文明とエジプト文明の影響で、オリエントと呼ばれる地域がにぎわうようになります。
オリエントというのはヨーロッパからの見た「日が昇るところ=東の方」を意味していて、現在の中東(今のイスラエルとか、イランとか)あたりのことをいいます。
このオリエントの影響を受けて、地中海の特に東の方で、メソポタミア文明やエジプト文明とは違う文明がうまれました。
神話でも有名なギリシャの文明
地中海の東にエーゲ海という美しい海があります。
このエーゲ海にあるクレタ島で、紀元前2000年頃にクレタ文明が始まりました。
とても美しい場所で、とても平和な文明を築いたようです。
一方、陸側であるギリシャ本土でもミケーネ文明という文明が栄えました。
この2つの文明を合わせて、エーゲ文明といいます。
エーゲ文明は紀元前1200年頃に、突然滅んでしまいます。
理由はよくわかっていません。
その後、暗黒時代という混乱期に入ります。
ギリシャ人はあちこちに移住し、400年後にはいったんそれぞれの場所で定住するようになりました。
その結果、同じギリシャ人でありながら、方言を持つようになったんです。
ちなみにエーゲ海はこんな海です↓

すっごくきれいですね!
ポリスの成立
移住先でギリシャ人たちは、小高い山や広場を中心にした国家をつくりました。
この国家のことを都市国家(ポリス)といいます。
警察を意味する「ポリス」の語源になった言葉のようです。
代表的なポリスといえば、アテネとスパルタです。
この2つは絶対覚えておきましょう。
平民も政治に参加したアテネの民主政
代表的なポリスのひとつアテネでは、民会などを通じて、民主政が行われたことが有名です。
とは言っても、最初から民主的な政治をしていたわけではなく、もともとは戦士でもある貴族が政治の実権を握っていました。
「戦をする=命がけで国を守っている=政治に参加できる」という理屈です。
しかし、時代を経て、平民も裕福になって武器を買えるようなると、「オレも戦に行くから、政治に参加させろ!」という声が高まっていきました。
段階的に民主政が進み、最終的には市民全員による直接民主政が確立されたわけです。
ただ、市民全員といっても、女性や奴隷、外国人などは含みません。
かなりブラックなスパルタ
日本でも厳しい教育方法を「スパルタ式」といったりしますが、その語源となったのがこのスパルタです。
スパルタでは、少ない支配階級の人たちで、奴隷たちを統治するために、普段からめちゃくちゃ鍛えていたんです。
まず、こどもは国家のものと考えられ、7歳になったら親から離され軍隊に入れられます。
訓練中は丸坊主&裸足&粗食。
かなり厳しい環境ですが、そのおかげかスパルタの兵士はめちゃ強くなりました。
ペルシャとの戦争に勝利したものの…
アテネで民主政をやっていたり、スパルタで兵士を鍛えたりしていた紀元前500年に、オリエントの超大国であるペルシャが大軍団でギリシャに押し寄せてきました。
ペルシャ戦争の始まりです。
ギリシャでは普段からポリス同士の仲は悪かったのですが、このときばかりは同じギリシャ人として団結します。
何度かの対戦を経て、ギリシャはペルシャを撃退することに成功しました。
ただ、ペルシャ戦争の後は、またポリス同士の仲は悪くなり、アテネとスパルタも戦争になりました。
この戦いでスパルタはアテネに勝利しますが、こうした戦争の影響でポリス自体が衰退していきます。
紀元前4世紀には、ポリスではないマケドニアがギリシャを支配するようになります。
大王の出現
ギリシャを征服したマケドニアに、すご腕のリーダーが現れます。
アレクサンドロス大王です。
アレクサンドロス大王は超大国のペルシャを滅亡させ、その勢いでインドの西まで軍隊を進めていきます。
ギリシャからインドの西にいたるまでの大帝国を築いたんですね。
この遠征によって、ギリシャの文化がオリエントに伝わり、融合します。
この融合した文化をヘレニズムと呼びます。
また、アレクサンドロス大王の遠征から帝国が終了するまでの約300年間をヘレニズム時代といい、そこで育まれた文化は、のちに日本の文化にも影響を与えました。
ヘレニズム期の代表的な美術品にミロのビーナスがあります。
チェックテスト
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!



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