神話によると、ローマ建国の物語はオオカミに育てられた双子のロムルスとレムスから始まります。
レムスと喧嘩して勝ったロムルスが建国したので、ローマという説があるようです(異説もあり)。
最初は王が統治
最初、ローマは王様が統治していました。
7代の王が続いた後、紀元前6世紀に共和政に変わります。
王政とは、王様が統治する政治形態。
共和政とは、王様がいなくて、みんなで大事なことを決めようという政治形態です。
いまでも○○共和国という国には、王様はいませんが、△△王国という国には王様がいます。
共和政の中で、平民が力を持ち始める
共和政とはいえ、貴族と平民の差がはっきりあったので、最初は貴族中心で政治を行っていました。
特に貴族中心で構成された元老院がとても強い力を持っていたのです。
そこを少しずつ、平民が権力を持つようになっていきます。
このあたりはギリシャが民主政に移行していく流れと同じなのですが、ローマの方がギリシャよりもフラットというか、平民が権利を持ちやすい社会でした。
ローマ市民は政治に参加しつつ、戦争にも参加します。
この辺もギリシャと似たような流れです。
ローマの軍隊はとても強かったので、周囲の国々を次々と支配下に置き、紀元前3世紀にはイタリア半島を統一し、紀元前2世紀には地中海全体をほぼ支配しました。
ローマの文化が各地に広まる
ローマが支配地域を広げる中で、道路網を整備したり、各地に水道を通したりします。
コロッセオといえば、ローマにある有名な競技場ですが、コロッセオはローマ以外の地中海沿岸の都市にも築かれていて、世界遺産に登録されているものもあります。
水道橋も、同じようにローマ以外の、例えばフランスにつくられた「ポン・デュ・ガール」はまだ現代でも残っています。
↓これがその「ポン・デュ・ガール」です。

ローマはこの後さらに領土を広げて、ものすごーく広いエリアを支配するようになります。
共和政の行き詰まり
周辺国との戦争に明け暮れたことで、ローマの農民は自分の農地の手入れが行き届かず、農業では生活が成り立たなくなっていきます。
また、他国を征服し、そこで農作物を安く作り、それをローマに送ったことも、ローマの農業にダメージを与えました。
職を失った貧しい平民をどうするかという難題をめぐり、ローマの中で内輪もめが始まります。
そこに剣闘士や周辺の同盟国の反乱が重なります。
剣闘士というのは、見世物にするために、ライオンなどの猛獣と戦わされた人々のことです。
剣闘士のうちのひとり、スパルタクスという人がリーダーになり、暴れまくりました。
ライオンと戦わされるくらいなら、どっちにしろ命がけになるので、そりゃ反乱起こすのも無理ないわな…。
共和政から三頭政治へ
このごたごたを収拾したのが強い軍隊の力を持ったポンペイウス、カエサル、クラッススといった実力者たちです。
「みんなで政治をしようね」という共和政が崩れ、3人の実力者が政治を動かしはじます。
これを三頭政治といいます。
この3人のうち、カエサルが抜け出し、独裁者のようになっていきました。
結果、もともと共和政を守りたい元老院のメンバーによって暗殺されるんですね。
その後、カエサルの養子であるオクタウィアヌスがあとを継ぎ、リーダーになります。
オクタウィアヌスはカエサルの失敗を見ていたので、控えめに「市民の中の第一人者」を自称します。
あくまで「市民の代表者なんですよ」というスタンスを示したわけです。
しかし実際には、このオクタウィアヌスは様々な権力を独占しました。
皇帝が支配していく時代に突入していきます。
帝政ローマのはじまり、はじまり。
あ、帝政というのは、皇帝が支配する政治ということですね。
そんで、皇帝というのは「王様の中の王様」ということですね。
チェックテスト
ローマは一日にしてならず。
英語で言ったら「Rome was not built in a day」。
勉強できる人も、一日でできるようになったわけではない、ということですかね。
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!



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