「これからは、人の手ではなく機械の時代だ!」
18世紀のイギリスで起きたこの変化は、ただの技術革新ではありませんでした。
人々の働き方、街の景色、そして世界のパワーバランスまでを塗り替えてしまったのです。
現代へと続く「資本主義社会」が誕生した、歴史のターニングポイントを確認してみましょう。
モノづくりの大革命! 産業革命の始まり
18世紀後半、イギリスの東インド会社はインドから安くて丈夫な綿織物(キャラコ)を大量に輸入していました。
これが大流行したことで、国内の伝統的な毛織物(羊毛)業者は大打撃を受けます。
「この上質な綿織物を自分たちでつくりたい」という思いをきっかけに始まったのが、産業革命です。
きっかけは、ジョン・ケイによる飛び杼1の発明です(1733年)。
これで布を織るスピードが上がると、今度は「糸をつむぐのが追いつかない!」という状態に。
そこで、ハーグリーブスなどが紡績(糸をつむぐこと)の機械を次々に発明しました。
すると今度は「糸が余るから、もっと速く布を織る機械がほしい!」となり、カートライトが蒸気で動く力織機を発明……。
この「織る」と「つむぐ」のループが、手作業の工場制手工業(マニュファクチュア)を、機械による大量生産の工場制機械工業へと押し上げていったのです。2
鉄と石炭が生んだ「交通革命」の連鎖
ここで1769年、ワット3が蒸気機関を改良し、機械のパワーが爆発的に上がります。
- 機械をたくさん作るために、大量の鉄が必要になる(製鉄業の発展)。
- その鉄をつくるために、燃料として大量の石炭が必要になる。
- そうなると、重い石炭や製品を、安く・速く・大量に運ぶ手段が必要になる!
この流れで起きたのが交通革命です。
- スチーブンソン(英):1825年、蒸気機関車を実用化。陸の輸送を劇的に変えました。
- フルトン(米):1807年、蒸気船を発明。風任せだった海の輸送を、時間通りに変えました。
蒸気機関が実用化されたことで、これまでは水車など場所を選んでいた動力を、「どこでも」「強力に」生みだせるようになりました。
「光と影」:資本主義と三角貿易
こうした一連の革命は、世界に先駆けてイギリスを舞台に始まり、イギリスは「世界の工場」と呼ばれました。
実は、この革命を支えた資金源の一つが、それ以前から行われていた大西洋の三角貿易です。
イギリスの船が、アフリカへ「武器や雑貨」を運び、それらと交換で「黒人奴隷」を確保。
アメリカへ送って綿花などを栽培させ、その原料をイギリスへ持ち帰る……。
この非人道的なビジネスで蓄えた莫大な富が、産業革命の準備金となったのです。
また、社会の仕組みも「領主と農民」という身分制度から、お金(資本)を持つ資本家が、雇われた労働者を動かす資本主義へと変わりました。
立ち上がる労働者と社会主義
資本家は利益を最大にするため、少しでも低賃金でこき使おうと、あえて女性や子どもを狙って長時間働かせました。
また、急激に工業化と都市化が進んだことによる弊害も出ました。
当時のロンドンなどは、テムズ川が工場の廃水でドロドロになり、機械の騒音が鳴り響き、不衛生なスラム4が広がる過酷な環境でした。
「こんな不平等な社会は壊すべきだ!」
そんな声がイギリスで高まり、1833年には子どもの労働を制限する工場法が誕生。
労働者が団結する労働組合も作られます。
そしてドイツ出身のマルクスとエンゲルスは、このイギリスの惨状を鋭く分析しました。
- 1848年:マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』を発表。
- 1867年:マルクスが『資本論』を出版。
これが「みんなで平等に管理する社会主義」という考えになって、世界中へ広がっていったのです。
【一問一答】チェックテスト(問題・解答)
産業革命はイギリスからフランス、アメリカ、ドイツへと広がっていきました。
これにより欧米諸国は圧倒的な経済力と軍事力を手に入れ、その力を使ってアジアやアフリカへ勢力を広げていくことになります。
便利さと豊かさの裏側で、国同士のパワーバランスや、今も続く「格差」「環境問題」といった大きな宿題が生まれた時代でもあったんですね。
それでは、今回はここまで。
アリーヴェデルチ!



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