【中学地理・第5回】領域をめぐる問題

中学地理

日本に限らず、世界中の国で国境をめぐる問題はさまざまあり、なかなか解決にはいたっていません。

この回では日本の領域に関する3つの問題を見ていきましょう。

北方領土

北方領土とは、歯舞群島はぼまいぐんとう色丹島しこたんとう国後島くなしりとう択捉島えとろふとうの4つの島のことです。

この四島は現在、ロシアに不法に占拠されている状態が続いています。

ここまではみなさんよくご存じのことだと思います。

「なぜこういう状況になっのか」「ロシアはなぜ返還に応じないのか」について確認しておきましょう。

まず歴史的な経緯から。

もともと北方領土に住んでいたのは、アイヌの人たちです。

江戸時代になると、幕府は蝦夷地開発に力をいれ、日本の領土にはなっていました。

しかし、ロシアも領土拡張を目指し、極東に進出しようとしている時期でした。

そこで、江戸時代の1855年に日露通好条約(日露和親条約)を締結し、国境や領土の帰属をはっきりさせようとしました。

日露通好条約の第二条にこう書かれています。

今より後日本國と魯西亞國との境「ヱトロプ」島と「ウルップ」島との間に在るへし
「ヱトロプ」全島は日本に屬し「ウルップ」全島夫より北の方「クリル」諸島は魯西亞に屬す「カラフト」島に至りては日本國と魯西亞國との間に於て界を分たす是まて仕來の通たるへし

出典:外務省記録局『締盟各国条約彙纂』[第1編]外務省記録局、明治17年、585-589頁

昔の言葉遣いや漢字で書かれているので、ちょっとわかりづらいですが、要は「択捉島は日本のもので、その北側にあるウルップ島含めてロシア領とする。樺太はどちらの所属かは決めない」としました。

それから、20年後の1875年に樺太・千島交換条約を締結します。

前回の日露通好条約で、樺太の所属をあいまいにしたので、日本人やロシア人との間でトラブルが発生していたのです。

それを解決しようと、「樺太はロシア領、そのかわり千島列島はすべて日本領に」としました。

ちなみにこのとき、全権大使としてロシアに行ったのは、函館戦争で最後まで幕府に抵抗していた榎本武揚です。

生き残って、出世していますね!

樺太・千島交換条約からしばらくして、ロシアとの間に戦争が勃発します。

日露戦争です。

この戦争にかろうじて勝利した日本は、ロシアと講和条約を結びます。

これが1905年のポーツマス条約です。

ポーツマス条約によって、日本は、南樺太を得ました。

もちろん北方四島はそのまま継続して日本領です。

日露戦争後に、第一次世界大戦、第二次世界大戦と大きな戦争を日本は経験します。

第二次世界大戦はご存じのように日本が負けるわけですが、この大戦末期に起こったことが、今日まで続く北方領土問題のはじまりでした。

クリミア半島のヤルタという場所で、1945年2月にソ連(現在のロシア)のスターリン、アメリカンのローズベルト、イギリスのチャーチルの三者会談が行われました。

この会談でローズベルトからスターリンに対し、「日本との戦争に参加してほしい。見返りに千島列島をソ連のものにしていい(南樺太も)」という密約がかわされたのです。

実際にソ連は1945年8月8日、日本に対して宣戦布告します。

このソ連侵攻については、当時日本とソ連との間で日ソ中立条約が締結されていましたので、「条約違反ではないか!」という意見も多数あります(ロシア側には別の見解があります)。

現在でもロシアのプーチン大統領は「南クリル諸島(北方四島のことです)は第二次世界大戦によって、自分たちが獲得した領土。日本は根拠のない主張をしている」という立場をとっています。

竹島

竹島は日本海にあり、17世紀の初めには江戸幕府公認のもと、航行や漁に使われていました。

男島おじま女島めじまという2つの岩山があります。

竹島は1905年には正式に島根県に編入され、その後ずっと日本の領土でした。

問題が起こったのは、戦後の1952年。

当時の大統領だった李承晩いすんまん/りしょうばんが、日本海上に「李承晩ライン」なるものを一方的に引いて、竹島を不法占拠したのです。

1954年には韓国の海洋警備隊を竹島に常駐させます。

その後、1965年に日韓基本条約が締結されましたが、竹島の問題は棚上げされました。

現在にいたるまで、韓国では竹島のことを独島と呼び、韓国領土であると主張しています。

日本はこの問題を平和的に解決するため、国際司法裁判所こくさいしほうさいばんしょで取り上げてもらうように韓国に提案していますが、拒否されています。

尖閣諸島

石垣島から170kmほど北上したあたりに、尖閣諸島せんかくしょとうがあります。

1895年に日本が自国の領土であることを宣言し、沖縄県に編入しました。

第二次世界大戦後のサンフランシスコ平和条約でも、日本の領土されましたが、この決定に対して、アジアの周辺国からは特に反対などはありませんでした。

しかし、1970年代になって「どうやら海底に資源が眠っているようだ」と言われると、中国が領有権を主張するようになります。

北方領土や竹島のように不法に占拠されていませんが、中国の船が周辺にたびたび出没するため、油断できない状態になっています。

チェックテスト

領域をめぐる問題は非常に難しく、解決に時間がかかっています。

まずは、歴史的な経緯を含めて、現状を正しく認識することから始ましょう。

今回のチェックテストは歴史的な問題が多いかな…。

今日はここまで。

アリーヴェデルチ!

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