前回の【中学歴史・第81回】世界恐慌とブロック経済では、「持てる国」の経済政策を確認しました。
今回は「持たざる国」についてです。
絶望が生んだ、ファシズムという怪物
第一次世界大戦後に、世界は国際協調の道を歩み始めましたが、1929年に起こった世界恐慌で流れが大きく変わります。
「持てる国」であるアメリカ、イギリス、フランスは、自国以外の国を締め出すことで、なんとか経済を立て直そうとしました。
しかし、植民地を多く持たない「持たざる国」は、この経済政策では対応できませんでした。
「持たざる国」の政権は、有効な対策を打てず、人々の不安と不満が高まります。
そこで出てきたのがファシズムと呼ばれる政治運動です。
ファシズムとは何か
- 独裁と自由の制限
民主主義は否定。一党独裁(一つの政党だけが国を動かす)を行います。個人の自由や権利よりも「国家の利益」が最優先。政府に反対しようものなら、即逮捕です。 - 強烈なナショナリズム(国家主義)
「自分の国や民族こそが最高である」という考えで、国民の団結(結束)を強めます。他民族への排斥や、領土を広げるための軍事侵略も行います。1
今の考えからすると、かなり危ない思想であることはわかるのですが、では「なぜ当時の人々が支持したのか」をみていきましょう。
イタリアのファシズム
ファシズムは「ナチス=ドイツ」のイメージの方が強いかもしれませんが、実はイタリアの方が先を行っていました。
イタリアは第一次世界大戦で、最初はドイツとオーストリアの同盟国側に立っていたのですが、離脱して連合国側につきます。
第一次世界大戦で勝利国となったものの、期待していたほど植民地を獲得することはできませんでした。
イタリア国民は、これを「傷つけられた勝利」と呼びました。
さらに戦争で疲れた経済はインフレーションを起こし、国民の不満が高まります。
インフレーションとは?
物価が上昇し、貨幣の価値が下がる現象のこと。インフレともいいます。
この国民の不満を利用したのがファシスト党を率いるムッソリーニでした。

1922年に政権を握ったムッソリーニは、他の政党を禁止して独裁体制を行うとともに、国民の不満を軍事行動によって解消しようとします。
以前から狙っていたアフリカのエチオピアを侵略し、1936年に併合してしまいました。
この侵略に対して、国際連盟は有効な手立てを打つことができず、連盟の権威は失墜します。
国際的な会議の場で話し合うのではなく、大国間で交渉を行うという、以前の形に戻ってしまいました。
ドイツのファシズム
ドイツは第一次世界大戦で敗戦国となり、多額の賠償金を課せられました。
経済が悪化し、1923年には物価が急騰します。
パンを買うにもトラックで運ぶほどの札束が必要となるほど、貨幣の価値が下がる「ハイパーインフレーション」が起きました。
紙幣はまさに「紙くず」同然となり、お札を壁紙に使ったり、子供が積み木のようにして遊んだりするほどでした。
この状況で頭角を現したのがヒトラーです。

独裁体制を築いたヒトラー
ヒトラーはナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)を率い、次のようなスローガンで大衆を扇動していきます。
- 自分たち(ドイツ民族)は他民族よりも優秀。
- ユダヤ人や共産主義者は敵。
- ベルサイユ条約は破棄!
過激な思想を持ったヒトラーは、最初から国民に受け入れられたわけではありません。
街頭での過激な政治活動を見て、ドイツの伝統的な保守層は「怪しげなやつら」という見方をしていました。
しかし、1929年の世界恐慌でドイツ経済がさらに悪化すると、ナチスは勢力を伸ばし、1932年に第一党となります。
最も民主的なワイマール憲法を停止し、ヒトラーは首相兼大統領である「総統」の地位に就いて独裁体制を完成させます。
1933年には国会を通さずとも法律を作れる「全権委任法」を成立させて、独裁体制を合法化させました。
国民に支持されたヒトラーの政策
ヒトラーはその過激な思想だけでなく、実行した政策面でも支持を集めました。
- 再軍備を行い、軍需産業を発展させる。
- 高速道路(アウトバーン)を建設することで、雇用を生み出し、失業者を減らす。
こうした政策により、1937年頃には失業者はほとんどいなくなりました。
世界恐慌の後、各国がなかなか景気回復が実現できない中、ドイツがいち早く景気を回復させたことで、ヒトラーの独裁を支持する空気ができていったのです。
ヒトラーは「強いドイツ」を取り戻すため、禁止されていた再軍備を強引に進めました。
工場では武器や軍服が次々に作られ、それが人々の仕事(軍需産業)となり、ドイツの景気を劇的に回復させたのです。
こうして蓄えた軍事力は、やがて他国への侵略へと向かいます。
侵略によって領土を広げ、さらなる資源を手に入れることで、経済を拡大させようとする「止まらない暴走」が始まりました。
まとめ:なぜファシズムが支持されたのか
ファシズムは結社や言論の自由は認めない、独裁体制です。
自由がないにも関わらず人々が独裁を支持した大きな理由のひとつは、「戦争で失った民族としての誇り」を取り戻してくれると信じた点にあります。
ムッソリーニやヒトラーは、そうした民族としての誇りを刺激することで、支持を集めようとしました。
例えば、イタリアは古代ローマ時代にヨーロッパを広く支配していました。
また、ドイツも神聖ローマ帝国時代には絶大な力を持ち、ビスマルクの時代にはフランスに勝利するほどの強国でした。
彼らはこうした「過去の栄光」を持ち出し、傷ついた国民のプライドを巧みに利用したのです。
もうひとつは、経済的な理由です。
民主主義的な政権でも、国民の雇用や収入を安定させることができなければ、支持されません。
思い切った公共事業はもちろん、それが軍事行動であっても、それが自分たちの生活を潤してくれるものなら支持するわけです。
ファシズムの台頭は「民主的な政治は、経済の安定があってこそ成り立つもの」という教訓を与えてくれています。
【一問一答】「ファシズムの台頭」のチェックテスト(問題・解答)
ファシズムに走った「持たざる国」は、「持てる国」と対立を深めていきます。
その辺りはまた次回以降で。
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!
- ファシズムはもともと「結束主義」という意味です。 ↩︎



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