2回も世界規模の戦争を経験したことで、世界は平和に向けて新しい組織を立ち上げます。
が、みんなが仲良くなる世界をつくるのはなかなか難しい、というのが今回の話です。
国際連合の成立
戦争が終わる前から、すでに動きがあった
第二次世界大戦が終わる前から、連合国側は戦後の構想を練っていました。
1945年4月25日からのサンフランシスコ会議で、国際連合憲章(国連憲章)が採択されます。
この日はドイツを東側から攻めていたソ連軍と、西側から攻めていたアメリカ軍がドイツ東部で合流した日でありました。
ドイツは5月に降伏しますが、この時期からすでに戦後に向けての準備を進めていたんですね。
国際連合の特色
1945年10月、国連憲章に基づいて国際連合(国連)が発足しました。

国連にはさまざまな機関がありますが、中でも特に重要なのが安全保障理事会です。
安保理と略されることもあるこの機関は、いわば「世界の警察」です。
第二次世界大戦の勝者5カ国の常任理事国、その他に10カ国からなる非常任理事国で構成されています。1
最大の特徴は常任理事国に「拒否権」が認められていることです。
たとえ14カ国が賛成しても、常任理事国のうち、1カ国でも反対すると承認されません。
また、国際連盟が機能せずに第二次世界大戦が起こったことから、武力による制裁を認めている点も特徴のひとつです。
国際連盟と国際連合の比較表
| 比較項目 | 国際連盟(League of Nations) | 国際連合(United Nations) |
| 成立時期 | 1920年(第一次世界大戦後) | 1945年(第二次世界大戦後) |
| 提唱者 | ウィルソン(アメリカ大統領) | ローズベルト(アメリカ大統領)など |
| 本部 | ジュネーブ(スイス) | ニューヨーク(アメリカ) |
| アメリカ | 不参加(議会の反対のため) | 当初から参加(中心的な役割) |
| ソ連・日独伊 | 途中で脱退・除名が相次ぐ | 主要国は一貫して加盟(拒否権を保持) |
| 採決方法 | 全会一致(1国でも反対すれば決まらない) | 多数決(安保理は5常任理事国の同意が必要) |
| 制裁手段 | 経済制裁のみ(軍隊を持たなかった) | 経済制裁 + 軍事的制裁(国連軍・PKO) |
| 強制力 | 弱かった(第二次大戦を防げず) | 強い(安保理による決定と強制措置) |
「冷たい戦争」の時代へ
「東」と「西」に分かれて対立
国連が設立され、世界は平和になるはずでしたが、今度はアメリカとソ連の対立が激化します。
もともとロシア革命が起きたときから、アメリカやイギリスといった資本主義の国々は、共産主義を強く警戒していました。
その後、ナチス・ドイツという強大な「敵」が生まれたことで一旦は手を組みましたが、大戦の終結とともに、その火種が再燃します。
ドイツの戦後処理をめぐって、米ソの対立は表面化。
その対立の影響から、ドイツは東西に分かれて独立することになってしまいました。

直接戦わないが、核戦争の危険も
アメリカや西ヨーロッパのイギリスやフランスは、1949年に北大西洋条約機構(NATO)をつくります。
一方、東ヨーロッパは、ドイツの占領から解放した関係で、ソ連が影響力を持ち、1955年にワルシャワ条約機構がつくられました。
「機構」という名前ですが、実態は軍事同盟です。
この2つのグループは大きな戦争になることはなかったのですが、緊張感の高い対立関係があったので冷たい戦争(冷戦)と呼ばれました。
米ソは互いに核兵器などの軍備拡張を推し進めていきます。
共産党率いる中国の成立と朝鮮戦争
中国の内紛にも米ソの対立が
日中戦争中は、日本に対抗するためひとつにまとまっていた中国ですが、こちらも戦争が終わると、2つのグループに分かれて対立します。
ひとつが蒋介石が率いる国民党。
もうひとつが毛沢東が率いる共産党です。

この中国の分裂においても、米ソの対立が持ち込まれます。
アメリカが国民党を、ソ連が共産党を支援しました。
最終的には共産党が勝利し、蒋介石は台湾に亡命しました。
内紛に勝利した共産党は1949年に中華人民共和国(中国)を建国します。
朝鮮半島の対立にも米ソの対立が
1910年に日本に併合された朝鮮半島は、戦後に植民地から解放されます。
北緯38度線を境界線として、北側をソ連が、南側をアメリカが一時的に統治することになりました。
ところが、米ソが対立したことから、この38度線が「国境」になってしまったのです。
1948年には北側に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、南側に大韓民国(韓国)がそれぞれ別の国として独立しました。
しかし1950年に、朝鮮半島の統一をねらって北朝鮮が韓国に侵攻。
朝鮮戦争が始まりました。
アメリカ軍を主力とする国連軍は韓国を支援する一方で、中国軍が北朝鮮に味方し、東アジアにも冷戦の対立が波及した形となります。
1953年には休戦しましたが、北緯38度線上にある板門店付近は、今も緊張状態が続いています。
アジア・アフリカ諸国の独立
戦後すぐに独立に向けての戦いが始まったアジア
太平洋戦争中に日本が東南アジア諸国から欧米列強を追い出したことで、戦後の混乱に乗じて、すぐに独立運動が始まりました。
同じアジア人である日本人が、白人と対等に戦ったことや、日本の占領時代に現地の若者たちに軍事訓練を行ったことは、独立に向けた戦いに影響を与えたと考えられています。
1946年にフィリピン、1947年にインド、1949年にインドネシアが独立を果たしました。
少し遅れてアフリカ諸国も次々と独立
戦後すぐに独立に向けて動き出したアジアに比べると、アフリカの独立はやや遅れて行われました。
また、戦闘を通して独立を勝ち取ったアジアに比べて、アフリカは話し合いによる独立が多かったことも違いのひとつです。
1960年はアフリカで17カ国もの国が独立を果たしたことから、「アフリカの年」と呼ばれています。
しかし、かつてヨーロッパ諸国が民族の関係性を無視して引いた国境線が原因で、独立後も紛争が多く、経済的な発展が遅れました。
先進工業国が集まる北半球に対して、開発途上国が多い南半球という構図が生まれ、「南北問題」という新たな課題がでてきました。
近年では、「南」の中でも経済発展に成功した国とそうでない国ができ、「南南格差」も生まれています。
【一問一答】「国連と冷戦」のチェックテスト(問題・解答)
今回は、「北大西洋条約機構」や「朝鮮民主主義人民共和国」といった、「長め」の用語が出てきました。
何度も口に出して、リズムで覚えましょう。
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!
- 常任理事国はアメリカ、ソ連、フランス、イギリス、中国で固定です。非常任理事国は任期2年で、毎年半分の5カ国が入れ替わります。日本は加盟国中、最多の12回、非常任理事国に就任しています。 ↩︎



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