昭和が終わったら、同じ頃に冷戦も終わり、いよいよ平成の時代です。
平成に入ってからの外交や経済について、チェックしていきましょう。
PKOに自衛隊を派遣
自衛隊の海外派遣という難問
戦後から現在にいたるまで、ずっと問題になってきたのが、憲法9条と自衛隊の関係です。
冷戦後の地域紛争において軍事的な協力を求められても、自衛隊を海外に派遣することには、日本国内ではかなり抵抗感がありました。
しかし、湾岸戦争を機に風向きが変わります。
日本は湾岸戦争で軍隊の派遣こそしなかったものの、130億ドル(約1兆7000億円)という巨額の経済援助を行いました。
この日本の援助に「アメリカの反応が冷ややかだ」として、政府を批判する声が上がったのです。
平和主義をうたった日本国憲法は、もともとアメリカが強引に提案してきたものなのですが、その後アメリカはその方針を180度転換し、憲法9条を無視するような対応を取りつづけました。
憲法や戦争に関わるだけに、この問題はもめにもめ、最終的には国連の平和維持活動(PKO)に自衛隊を派遣することになりました。

海外で広がる自衛隊の活躍
自衛隊のPKO参加は、1992年のカンボジアから始まり、その後世界各地で展開されることとなります。

東アジアでの外交問題
冷戦は終わりましたが、中国と台湾、北朝鮮と韓国など、戦後におきた分断がまだ解決していません。
北朝鮮が行っている核兵器開発や、日本人拉致問題も、具体的な打ち手がないままです。1
北方領土、竹島などの領土問題も、未解決です。
アメリカとの同盟関係
日本は今も日米安全保障条約によって、アメリカと同盟関係にあります。
ただ、この同盟の是非については、現在も意見が分かれるところです。
アメリカとの同盟関係で問題になっているのは、下記の2点です。
- アメリカが抱える紛争に日本は巻き込まれる危険性
- 日本国内、特に沖縄にある米軍基地をめぐるトラブル
4回にわたる政権交代
非自民の連立政権が誕生
1955年から続いていた「55年体制」は、1993年に終わりを迎えます。
自民党が分裂し、選挙で大敗北したのです。
日本新党の細川護熙を首相とする、連立政権が誕生しました。

細川は「政治改革」を訴えて、小選挙区比例代表並立制を導入しました。
「55年体制」を終わらせ、自民党が下野(与党から野党になること)したのは、汚職事件が続いたことなどもありましたが、直接のきっかけは自民党の小沢一郎でした。
彼はもともと、田中角栄や竹下登という自民党の大物政治家の派閥に入っており、次世代の自民党を担う若手のホープでした。
選挙に非常に強く、「自民党の倒し方」を知り尽くしていました。
その小沢が自民党を見限り、新しい政治体制を目指したことで、政権交代を実現したのです。
自民党が政権を奪還
しかし非自民による連立政権は、あまり長くは続きませんでした。
政権内で反小沢グループができていまい、内部分裂を起こしてしまったのです。
自民党は長く政権を担ってきただけに、さすがとでもいうべき戦術を取りました。
長年敵対していた社会党と組んで、1994年に政権を奪い返します。
この時の首相は社会党の村山富市でしたが、1996年には自民党総裁の橋本龍太郎が引き継ぎます。
もう自民党(保守)と社会党(革新)で争う時代ではなくなっていたのですね。
民主党政権が誕生するが…
2001年に誕生した小泉純一郎内閣は「構造改革」を訴えて、郵政事業の民営化や規制緩和に取り組みます。

小泉首相はかなり人気があったのですが、その後を継いだ首相がいずれも短命に終わったことから、自民党が失速してしまいます。
ここで小沢一郎がまた動きます。
自らが代表代行であった民主党を、選挙で勝てる政党に変えました。
2009年の衆議院議員選挙で圧勝し、鳩山由紀夫内閣を誕生させたのです。
しかし、この民主党政権も短命に終わりました。
政権を奪ってはみたものの、沖縄の基地問題などで公約を果たせず、2011年の東日本大震災での対応のまずさもあり、民主党への期待は失望感に変わりました。
2012年には安倍晋三内閣が誕生し、自民党が再び政権を取り戻しました。
バブル経済とその後の不況
プラザ合意で円高に
1980年代は、日本がアメリカから貿易に関して文句を言われていた時期でした。
「円がドルに対して安すぎる。日本が輸出で儲けすぎ」と言われていたのです。
そこで、日本を含む先進国が集まって相談し、円高ドル安の流れをつくりました。
ニューヨークのプラザホテルで会議をしたので、この合意をプラザ合意といいます(1985年)。
この結果、日本は一時的に円高不況に陥ります。
株式と土地が急騰
この不況をなんとかしようと、国が金利を下げてお金を借りやすくしたことが、のちの経済不況の一因となりました。
国からすると、企業が銀行から資金を借りて、事業を成長させることに使ってほしかったのですが、その時期の企業はすでに成熟段階に入っており、別の用途に使ったのです。
それが株式と土地でした。
銀行から借りたお金で、企業の株式や土地を買ったので、株価と土地の値段はどんどん上がります。
価格が上がった土地を担保にまた銀行から借りて、という異常な状態になっていったのです。
この時期の経済は、のちに「バブル経済」と呼ばれました。
バブル崩壊から平成不況に
1990年代に入り、このままではまずいと思った国は「土地購入のための融資を制限します」と、銀行に対して通達を出したのです。
しかし、お金の流れを止めたことで、株式や土地の値段が急激に下落。
銀行に借りていた資金を返済できず倒産する企業が続出しました。
銀行は返してもらえる見込みのない「不良債権」を抱え込むことになってしまいます。
2008年には、アメリカの投資会社リーマンブラザーズが破綻したことで、世界的金融危機が起こりました(リーマンショック)。
政府は景気対策を打ちますが、長引く不況を脱することは難しく、「平成不況」が長く続くことになります。
【一問一答】「冷戦の終結」のチェックテスト(問題・解答)
55年体制崩壊から、非自民政権が2回登場しますので、まずは大まかに覚えておきましょう。
55年体制(自民党政権)→細川内閣(非自民政権)→自民・社会・さきがけ内閣(自民党政権)→民主党(非自民政権)→自民党です。
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!
- 日本人拉致問題とは、1970年代から北朝鮮の工作員によって、日本やヨーロッパなどから北朝鮮へ拉致(誘拐)された事件のことです。拉致被害者の一部の方は日本への帰国が実現しましたが、まだ北朝鮮に残されたままの拉致被害者がいるといわれています。 ↩︎


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