平安時代の3回目は、平安中期の文化面を取り上げます。
教科書や学習まんが、もしくは資料集などの該当ページを開いて、横に置きつつ、読んでみてください。
国風文化とは
平安時代が始まった頃は、まだ唐の影響を強く受けていました。
時期をわかりやすくいうと、嵯峨天皇、空海、菅原道真が活躍していた頃です。
漢詩ができることが「すごい!」「えらい!」と評価される時代だったのです。
こうした中国からの影響は奈良時代からずっと続いていたのですが、平安時代が始まってしばらくすると、唐の影響を受けながらも、それを日本風にアレンジするといいますか、日本独自ものが生み出されるようになってきたのです。
それを国風文化とよんでいます。
国風文化はちょうど藤原氏による摂関政治の時期と重なっており、藤原文化という言い方をするケースもあります。
国風文化で注目すべきことは仮名文字がつくられたことです。
仮名文字というのは、平仮名と片仮名のことですね。
平仮名は漢字の形をくずして、つくられました。
例えば、「安」から「あ」をつくったり、「以」から「い」をつくったり。
片仮名は漢字の一部をとって、つくられました。
「阿」の「こざとへん」をとって「ア」とか、「伊」の「にんべん」をとって「イ」にするとか。
この仮名文字を使うことによって、日本人の感情を表現する幅が広がったんですね。
仮名文字を使った代表的な文学作品で覚えておきたいのは、この4つです。
- 『源氏物語』:紫式部が書いた、貴族たちの恋愛小説です。『源氏物語』は現代でも映画や漫画にもあっています。僕も『あさきゆめみし』(大和和紀作)は読みました。
- 『枕草子』:清少納言が書いた随筆(エッセイ)。随筆というのは、日常生活の中で、ふと自分が思ったことを気軽に書く(春は、夜明け前の空が素敵だよね!とか)文学のジャンルのことです。ちなみに清少納言は「せいしょう」「なごん」ではなく、「せい」「しょうなごん」とお読みください。
- 『竹取物語』:ご存じかぐや姫のお話し。作者は不明。
- 『古今和歌集』:日本で初めての勅撰和歌集。勅撰和歌集というのは、天皇の命令で編纂された和歌集のことです。和歌集ですから、いろんな和歌がいっぱいのっています。選んだのは紀貫之ら4人。この『古今和歌集』の中に、作者はわからないのですが「我が君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」という歌が掲載されており、これが日本の国歌になったとか。
服装も変わりました。
それまで唐風だった服装が、ゆったりめになったり、模様や色が日本的なものになったりしました。
男性貴族のフォーマルな服装を「束帯」といい、そこからやや簡略化したのが「衣冠」といいます。
女性の清掃は「女房装束」、一般的に十二単と言われているものです。
庶民の男性は「水干」というものを着ていました。
NHKの大河ドラマ『光る君へ』のウェブサイトには、登場人物の紹介(動画)が見られます。
藤原道長役の柄本佑さんや、藤原実資役の秋山竜次さんの服装がとても参考になると思います。
絵画でも、大和絵とよばれるものが出てきました。
大和絵の代表作品は四大絵巻の『源氏物語絵巻』と『伴大納言絵巻』です。
教科書にも掲載されている絵巻物ですので、ぜひチェックしておいてください。
建築分野でおさえておきたいのは、平等院鳳凰堂と、その本尊である阿弥陀如来像です。
平等院は藤原頼通が宇治にあった別荘を寺としました。
浄土信仰が流行
平安時代は天台宗と真言宗の二強時代で、これらの宗派の祈とうの力で、この世の不安を取り除いたり、この世で幸せになろうという思想(現世利益といいます)が流行っていました。
その一方で来世(死後の世界)に極楽浄土で生まれ変わることを願う浄土教も流行しました。
念仏(南無阿弥陀仏)をとなえて、阿弥陀如来を信仰する宗派です。
平等院鳳凰堂はこの極楽浄土をイメージして作られたと言われています。
この浄土教で有名なのが、空也です。
口から仏様が六体飛び出している木像が、教科書なんかに載っているかもしれません。
空也は京都の市で浄土教を説いたので、市聖と呼ばれました。
浄土教は貴族だけでなく、一般民衆にも、また京都だけでなく、地方にも広がっていきました。
チェックテスト
京都に住んでいますが、平等院鳳凰堂に行ったのは、記憶にある限り1回だけです。
本尊の阿弥陀如来像は、人数制限とかあって、見ることができませんでした…。
その代わり、鳳翔館というミュージアムをじっくり見て、帰りにお土産コーナーでエコバックを買いました。
宇治にありますので、京都市内からは少し離れていますが、お勧めの観光スポットです。
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!



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