【中学歴史・第49回】新しい学問と化政文化

中学歴史

今回は、江戸時代後半に花開いた「新しい学問」と、庶民が主役の「化政文化かせいぶんか」についてお話ししていきます。

同じ江戸時代の文化である「元禄文化げんろくぶんか」との違いを意識しましょう!

「日本」と「世界」を知る新しい学問

江戸時代の前半は幕府推奨の儒学、その中でも特に朱子学しゅしがくの印象が強いですよね。

しかし、江戸時代後半になると、これまでの儒学だけでなく、「自分たちの国や外の世界をもっと詳しく知ろう!」という動きが活発になります。

国学で仏教や儒教が伝わる前の日本を知る

まず、日本の古典を研究して日本独自の精神を明らかにしようとする国学こくがくが盛んになりました。

本居宣長もとおりのりながは、約30年もの歳月をかけて『古事記伝こじきでん』を完成させ、日本の古き良き心を説きました。

『古事記伝』というのは、712年に太 安万侶おおのやすまろが編纂した、日本最古の歴史書の『古事記』の注釈本です。

天皇の正当性を信じ、外国を排除するような国学の考え方は、のちに天皇を尊び、外国を退けようとする尊王攘夷運動の精神的な支えになっていきます。

実際に役立つ科学的な蘭学も

国学とは対照的な、西洋の科学技術を学ぶ蘭学らんがくも大きく発展しました。

前野良沢まえのりょうたく杉田玄白すぎたげんぱくらは、オランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』を苦労して翻訳し、『解体新書かいたいしんしょ』を出版。

これが日本の近代医学の第一歩となりました。

前野や杉田の弟子の中には、蘭学の入門書やオランダ語の辞書をつくったりするものも出てきました。

また、伊能忠敬いのうただたかは全国を実際に歩いて測量し、驚くほど正確な日本地図である『大日本沿海輿地全図だいにほんえんかいよちぜんず』を作り上げました。

あとは、エレキテル(発電機)で有名な平賀源内ひらがげんないも忘れてはいけません。

源内は西洋画を描いたり、本草学を研究したり、非常に多才な人で今では「日本のダ・ビンチ」ともいわれています。

いろんな知識人が現れたのも、この時代の面白いところですね。

皮肉とユーモア!庶民が主役の化政文化

19世紀に入ると、江戸を中心に化政文化が栄えます。

上方(京都・大阪)の豪商が中心だった「元禄文化」と比べると、化政文化の特色は、江戸の「庶民」が文化の担い手になったことにあります(ここ大事)。

文学では、十返舎一九じっぺんしゃいっくの『東海道中膝栗毛とうかいどうちゅうひざくりげ』や、曲亭馬琴きょくていばきんの『南総里見八犬伝なんそうさとみはっけんでん』、上田秋成うえだあきなりの『雨月物語うげつものがたり』などが大ヒット。

俳諧では、絵画的な与謝蕪村よさぶそんや、庶民の哀愁を詠んだ小林一茶こばやしいっさが活躍し、世の中を風刺した狂歌きょうか川柳せんりゅうも流行しました。1

美術の世界では、多色刷りの鮮やかな浮世絵うきよえ錦絵にしきえ2が全盛期を迎えます。

鈴木春信すずき はるのぶが錦絵の技法を確立し、喜多川歌麿きたがわうたまろ3は美人画、東洲斎写楽とうしゅうさいしゃらくは迫力ある役者絵やくしゃえ4で人気を博しました。

風景画では、『富岳三十六景ふがくさんじゅうろっけい』の葛飾北斎かつしかほくさいや、『東海道五十三次とうかいどうごじゅうさんつぎ』の歌川広重うたがわひろしげが有名ですね。

この時代は紙や印刷が普及していて、そのことが小説や絵画が流行したことと関係しています。

浮世絵は木版をもとに大量に印刷することができたため、庶民が安く買うことができたんですね。

社会への問いかけと教育の広がり

この時代、社会の矛盾を鋭く突く思想家も現れました。

新しい思想の登場

安藤昌益あんどうしょうえきは『自然真営堂しぜんしんえいどう』で、すべての人が平等に農業をすべきだと封建社会を批判。

江戸時代の考えとしてはかなり過激ですが、自分の思想を完全な形で世に出すことはなかったため、処罰されずに済んだようです。

また、ロシアなどの南下に対し、林子平はやし しへいは『海国兵談かいこくへいだん』で海防の重要性を訴えました。

「日本は海に囲まれているんだから、江戸の海岸にも大砲を置いて守らないと!」というような内容です。

これは幕府の怒りをかい、処罰されてしまいます(仙台で蟄居)。

教育機関が次々と設立される

教育面では、武士のために各藩が藩校はんこう(長州藩の明倫館めいりんかん、水戸藩の弘道館こうどうかん、薩摩藩の造士館ぞうしかんなど)を設立。

また、私塾しじゅくも増え、吉田松陰よしだしょういん松下村塾しょうかそんじゅくからは幕末の志士たちが輩出されました。

奇兵隊を組織した高杉晋作たかすぎしんさく、日本の初代総理大臣になった伊藤博文いとうひろぶみなど、そうそうたる面々が、この松下村塾に通っていたんですね。

長崎ではドイツ人のシーボルト鳴滝塾なるたきじゅくを開き、最新の医学や科学を教えたり、大坂では緒方洪庵おがたこうあん適塾てきじゅく福沢諭吉ふくざわゆきちなどの多くの名士を育成したりしました。

そして、庶民の子供たちは寺子屋てらこやで「読み・書き・そろばん」を学び、日本の識字率は世界でもトップクラスになりました。

文字を読んだり、計算ができるようになり、村役人の不正なども見抜けるようになったんですね。

チェックテスト

元禄文化と比べると、上方と江戸というエリアの違いだけでなく、化政文化にかなり庶民っぽさが出ていることを感じられたでしょうか。

北斎や広重の絵などは、ぜひ資料集やネット上で確認してみてください!

今日はここまで。

アリーヴェデルチ!

  1. 狂歌は和歌の形式、川柳は俳諧の形式で詠まれたものです。 ↩︎
  2. 錦絵は浮世絵のジャンルのひとつで、特に多色刷りの「錦」のような絵のことをいいます。 ↩︎
  3. 歌麿の代表作は『ポッピンを吹く女』です。 ↩︎
  4. 役者絵とは人気の歌舞伎役者の絵のことです。アイドルのポスターをイメージしてもらえればいいと思います。 ↩︎

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