戦後の文化は「都市大衆文化」です。
大正の文化も「大衆文化」でしたが、一般の人が楽しめる「大衆化」がさらに進んだ感じです。
江戸、明治までの文化に比べると、親しみを持てそうな内容ですよ。
自由な言論の復活とマスメディアの活気
戦争が終わると、それまでの厳しい情報統制がなくなり、日本に言論の自由が戻ってきました。
新聞や雑誌の復刊・創刊が相次ぎ、街には文字があふれ始めます。
知識層をリードした総合雑誌
特に、知識層の間で圧倒的な存在感を放ったのが総合雑誌です。
戦中に休刊させられていた中央公論社の『中央公論』や改造社の『改造』が復刊し、さらに岩波書店からは『世界』が創刊されました。

これら月刊誌は「これからの日本はどうあるべきか」を熱く論じ、大学生や知識人たちに多大な影響を与えました(かなり真面目な内容です)。
こうしたブームに乗り、新聞社や出版社は一気に活気を取り戻したのです。
娯楽の王様「映画」と「ラジオ」
当時の娯楽の王様といえば、なんといっても映画です。
映画館はどこも超満員!
年間入場者数は、国民1人が年に10回以上見る計算になるほどの盛り上がりでした。
その中で、1950年に公開した黒澤明監督の『羅生門』が、ベネチア国際映画祭の金獅子賞を受賞し、日本映画の質の高さを世界に証明しました。
また、1925年にスタートしたラジオも、家庭の必需品として広く普及していました。
日本放送協会(NHK)のラジオドラマ『君の名は』の放送時間には「街から女性の姿が消える」と言われるほど、みんながラジオにかじりついたのです。

やがて民間放送もスタートし、クイズ番組や音楽番組など、よりバラエティ豊かな放送が人々の生活を彩るようになりました。
映画とラジオはともに1955年頃にピークを迎えます。
テレビと高度経済成長の文化
1953年、いよいよテレビ放送が始まりました。
当時はまだ「白黒テレビ」で、値段は今の価値で数百万円もする超高級品!
とても一般家庭には手が出なかったため、人々は街頭テレビに集まって、力道山のプロレスなどに熱狂しました。

「ご成婚」が変えた家庭の風景
テレビが家庭に普及する決定的なきっかけは、1959年の皇太子のご成婚パレードです。
「パレードを見たい!」という思いが、テレビ購入の波を作りました。
テレビにはコマーシャルが流れ、それが人々の購買意欲をかき立てます。
洗濯機や冷蔵庫などの家電が広まり、日本人の生活水準は一気に向上しました。1
特に洗濯機は、主婦の家事の時間を大幅に短縮したといわれています。
国民的スターと「中流意識」
夜になると、家族が茶の間に集まって団らんしながら、スポーツや芸能を楽しむのが定番になります。
プロ野球の長嶋茂雄・王貞治、大相撲の横綱・大鵬などは、まさに国民的スターでした。
誰もが同じ番組を見て、同じような豊かさを目指す中で、自分たちは平均的だという中流意識が生まれ、日本人のライフスタイルが全国的に均質化されていったのもこの時期の特徴です。
漫画やアニメ、文学の発展
1950年代後半になると、文化はさらに身近になります。
政治を論じる「硬い」月刊誌に対し、より身近な事件や芸能を扱う『週刊新潮』や『週刊文春』といった週刊誌が登場。
それまでも週刊誌はありましたが、新聞社系のものだけで、内容は新聞の内容を補うような記事でした。
『週刊新潮』などの出版社系の週刊誌は、新聞社が扱わないネタにスポットをあてる編集方針をとりました。

さらに『少年サンデー』や『少年マガジン』といった漫画誌、さらには『主婦の友』などの女性誌も次々と創刊され、誰もが手軽に情報を楽しむ時代になりました。
手塚治虫とテレビアニメの誕生
ここで登場するのが「マンガの神様」手塚治虫です。
彼の代表作『鉄腕アトム』は、1963年から日本初の連続テレビアニメとして放送を開始しました。
「30分番組を毎週放送する」という今のスタイルは、ここから始まったんですよ。
新しい文学とノーベル賞
文学界でも新しい才能が花開きます。
松本清張が社会派推理小説ブームを巻き起こし、司馬遼太郎が独自の視点で歴史小説を描いて国民的な人気を博しました。2
また、純文学の分野でも、川端康成が日本人初のノーベル文学賞を受賞し、後に大江健三郎もこれに続きました。
補足:大正・昭和初期(近代) vs 戦後(現代)文化の比較表
| 比較項目 | 大正・昭和初期(近代) | 戦後〜現代(現代) |
| キーワード | 大正デモクラシー・和洋折衷 | 大衆消費・アメリカ化・多様性 |
| 主な担い手 | 都市部の知識層・中産階級(モボ・モガ) | 全国民(大衆文化の完成) |
| 欧米の影響 | ヨーロッパ(独・仏・英)の芸術・思想 | アメリカのライフスタイル・エンタメ |
| メディア | 新聞・雑誌(『中央公論』等)・ラジオ放送開始 | テレビ・漫画・アニメ・インターネット |
| 生活スタイル | 文化住宅・洋食(カレー・コロッケ)の普及 | 電化製品(三種の神器)・団地・コンビニ |
| 教育・思想 | 自由主義・個人主義(一部で高揚) | 民主主義・平和主義・義務教育の延長 |
| 芸術・文学 | 白樺派(志賀直哉など)・プロレタリア文学 | 戦後文学(太宰治など)・サブカルチャー |
共通点:洋風化の進展
どちらの時代も、衣食住のあらゆる場面で「洋風」が取り入れられました。大正時代の「カレーライス」や「カツレツ」が、戦後の高度経済成長期を経て、日本の食卓の定番(国民食)へと完全に定着していくような流れがあります。
異なる点:文化の「深さ」から「広さ」へ
大正時代の新しい文化は、「大衆文化が芽生え始めた時期」で、主に都市部の「インテリ層」や「新中間層」に限られていました。それに対して戦後は、テレビや雑誌などのマス・メディアの発達により、日本中の誰もが同じ流行をリアルタイムで共有する「大衆文化」へと進化したのが最大の特徴です。
【一問一答】「昭和の文化」のチェックテスト(問題・解答)
ノーベル賞受賞者も紹介したかったのですが、量が多くなったので、別の機会にまわします。
ここでは1949年に物理学賞を受賞した湯川秀樹の名前だけは、日本人初の受賞者として覚えておいてください。
今日はここまで。
アリーヴェデルチ!


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